殺意 - - - 口は災いの元


歯になにかが挟まっている。

そう気づいたのは、昼飯を食い終えて充分に時間も経った3時のことだった。

フロアを一通り探してみるが、つまようじやそういった用途に使えそうなものはなかった。
デスクワークのため、求めているものがないからと気楽に外出できない。

4時になるころには、どうにも気になって仕事が手につかなくなっていた。

デスク周りを物色していて、ふと目についた。
―― シャーペン。

運良く、このオフィスはデスクごとに間仕切りがあって
簡単に隣の様子を見ることはできなくなっている。
ヘッドをノックして、芯を押し出す。
折れない程度に出し、届かないことのないよう適度な長さに。

いくばくか緊張しながら、それを口へもっていく。

「おい、吾朗――」

慌てて振り向くと、そこには同僚の吉田が立っていた。

「……なんだ」
「ああ、会議だぞ」

手元に視線を戻すと、芯は折れてなくなっていた。

「……ああ、わかった。すぐ行く」

会議を忘れていたことを悔いつつ、立ち上がった。



相変わらず無意味な会議だった。
ずっと右上の奥歯を舌でいじっていて集中できなかったが、まあ支障などないだろう。

デスクに戻るとその真んなかにシャーペンが転がっている。
よく考えれば、芯が歯に挟まったまま折れるかもしれない。
シャーペンは不向きだ。

パソコンに目を向けながらも、指で舌で奥歯をつつく。
昼に食べた生姜焼きだろうか、
おそらく肉片のようなものが詰まっている。

歯から飛び出している部分が少なく、
引っ掛けて抜き出すことができない。

段々と舌がツりそうになってくる。
苛立ちが一層、強くなっていく。




「じゃあ、また」
「ああ」

エントランスを背に、吉田と別れる。
まだ歯には異物が残っている。

その足でコンビニに直行する。



「はい、現在つまようじは切らしてましてー」
「…………」

若い茶髪を立て、
口元に少しの笑みを浮かべてバイトが言いやがる。

「なんでこんなもんを切らすんだ」
「はあ、入荷してないもんで」

テメェらのミスだろう、と口中でうめき、
殴りたい衝動を抑え、
自動ドアを蹴り壊したい願望をこらえて外に出た。
振り返り、唾を吐き捨てた。




電車に揺られながら、歯を気にする。
いつもは長い1時間半も、この様子なら潰せるだろうと
皮肉を自分に言い聞かせる。

吊革に捕まりながら、
目の前にはケータイをいじる男子高校生。

脳内では、ケータイごとこいつの鼻頭に
膝をぶちこんでいる様子がありありと浮かんでいる。

実践したいのは山々だが、
さすがに世間体を無視することはできない。
ゆっくりと目を閉じた。



改札を足早に抜ける。
ふと目の端にコンビニが映る。
さっきのとは別のチェーン店だが、反吐が出そうで
代わりに唾を道に吐いた。

すれ違う野郎と肩がぶつかる。
振り向くこともせず、そのまま歩き去る。
追いかけてきたら肘鉄だ、と考えていたが、
野郎が追いかけてくることはなかった。



ドアを閉めると、靴を脱ぐのも疎ましくキッチンへ向かう。
どこかにつまようじがあったはずだ。
だがこういうときに限っていくら探し回っても見つからない。

物が散乱したキッチンを疲労のまま眺め、ふと窓を見やる。
このまま飛び降りてやろうか。
床の上に唾を散らした後、寝ようと思った。



ベッドのなかでも、意識は口のなかに集中していた。
寝てしまえばどうにかなると思っていたが、
そんな単純なことでもないようだ。

時計を見ると、4時を回っていた。

ため息をつき、口に指を突っ込む。
歯茎に爪を当てがい、ガリッと引っ掻く。

痛みに頬が歪むが、そんなことはわかっていた。
口腔内に唾液とは違う液体が溢れる。

唾棄するようにそれを憤りのままに吐き出す。

黒いそれは噴水のように広がり、
そして床やベッド、そして顔に
血腥いものが浴びせられた。

「ああ……朝一番に出会ったヤツ、殺してやろう」

自然と笑みが浮かんでいた。
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