幸せの連鎖
『幸せのメール』が出回っている。
けっこう昔に流行った「不幸の手紙」の現代版だ。
これは幸せのメールです。
このメールを受け取った人は、このメールを別の人に送信してください
今や携帯電話の普及率は、世界の先進国ではほぼ100%であり、とくに日本では国民全員に配布されていた。
こういうイタズラにはある種の面白みがあると思うけど、ワタシはこういう人を困らせるものは嫌いだ。
だから
「何人に送らないと不幸になります」
とか書いてあっても、送らないことにしている。
けどミーコは送ったみたいだ。
ぜんぶ高校の友達にしたらしく、ミーコの話ではその友達もみんな送ったらしい。
ミーコからの『幸せのメール』はワタシにも届いた。
クラスでは幸せのメールの話で持ち切りだった。
しばらくは流行に乗ろうとした人たち以外は実際に送ることはなかった。
けれど1週間も経つと、女子のなかで送っていないのはワタシだけになっていた。
それに比べて男子は遅かった。
半月も経たなければ全学年に広まらなかった。
結局、その半月でワタシ以外の全校生徒が幸せのメールを送った。
全校集会が行われたけど、すでに遅かった。
その頃にはニュースや新聞で、社会現象として扱われていた。
10代の女性は96%、男性は83%の送信率だという。
学校では、バイトをする人が少なくなった。
かなりの生徒は、小遣いとしては多すぎるほどのお金を持っていた。
みんな、親に『幸せのメール』を勧めた結果、こうなったのだという。
まだ世間では、高校生や大学生などの遊びとして取り沙汰されていた。
しかしさらに1月が過ぎるころには、30代より上の社会人にも浸透し始めていた。
なかでも意外なのは、60代以上の世代は男女ともに65%を越しているということだった。
始めのころの送信者の多くは仕事などで成功する人が多かったけど、『幸せのメール』が広まるに連れて、仕事で成功しお金を多く稼ぐ人たちは少なくなった。
けれどそれと相対するように、精神的な幸福を感じる人が突然に増えた。
その人たちのほとんどは、独身だったり、親が離婚していたり、家庭に事情がある人が多数だった。
彼らは『幸せのメール』を送ることで、結婚をしたり、両親が絆を取り戻し再婚したりと、不幸が解消されるということで幸せを感じていた。
またある人は自殺志願者を助け、べつのある人は体を張って犯罪者を説得し、ほかのある人は死刑囚の罰を軽くする署名運動を行い、みんなことごとく成功させていた。
誰もが幸せの本質を見出そうとしていた。
そしてそのきっかけが『幸せのメール』であり、このメールには人を幸せにする魔法のような力があると信じざるを得なかった。
実際そういった議論が行われたが、議論したところでそれが幸せに直結しないと言って答えが出されることはなかった。
それから2月後には、様々な宗教団体が姿を消した。
『幸せのメール』は日本だけではなく、欧米にも嵐の雲間が晴れていくように広まった。
世界では紛争や戦争が途絶え、先進国の人々は積極的に途上国の人々のために金銭や時間を費やした。
最終的に私たちの高校で『幸せのメール』が流行り出してから半年も経つと、世界での普及率は95%、日本では100%だと政府が公表した。
私は家のリビングで、TVのニュースを聞いていた。
「このような事態は前代未聞ですが、今や日本での自殺率、殺人事件の発生件数は、ともに0となり、『幸せのメール』を推奨する動きも……」
ワタシはキッチンで料理を作ってくれている母をちらりと見やり、ケイタイに視線を戻した。
送信ボタンを押し、『幸せのメール』を送る。
100%のなかにはもちろん、ワタシも入っていた。
ケイタイのディスプレイを見ながら、このメールを考えた人に感謝した。
このメールのおかげで世界は平和になった。
それにメールは一度限りではなく、何度でも送ることができて、そのたびに幸せになっていくのを感じていた。
ありがとう、『幸せのメール』……
そう思ったとき、手のなかでケイタイが鳴った。
どうやらさっき送ったメールがちゃんと届かなかったみたいだ。
もう一回送りなおす。
けれどまたメールは戻ってくる。
ワタシは首をかしげた。
急にメールが送れなくなったのだ。
ふとTVのアナウンサーの声が少し高鳴った。
「いま、臨時ニュースが入りました。
『幸せのメール』の影響で、一時的に携帯電話でのメールが送れない状態が続いており……」
そして半日もしないうちに、人は狂った。
完
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